2007年02月02日

A・S・ニイル

Ё.S.ニイルのサマーヒルスクール

 ニイルは、子供の幸福こそ、子供のしつけや養育の中で最も重要なものと見なされるべきであり、この幸福への最も主要な寄与は、子供にその個人的な自 由を最大限認めてやることだと考えた。
 児童期のおけるこうした自由の感覚を奪い取ったり、抑圧された子供の徹底した不幸せ感が、すべてとまではいわないものの、成人の大多数の心理的な不調の原因とになっていると考えたから。  ニイルは、そこでサマーヒル・スクールSummerhillSchool.jpgには、子供が授業に出るように一切強要することをしない、という原則を設け、この学校は民主的で、すべてのものごとは生徒、教師の全員参加の会議で決定し、生徒も教師と同様の一票の権利を与えられた
 このサマーヒル学校がこれまで成功してきたことは、子供に試練や厳しい生き残りのチャンス、残忍さ、暴政、そして混乱を経験するためのための処方として自由を与えると言うウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』のやり方を断固として排除してきたからだ、と考えている。
 個人の自由から生まれる自己への信頼は、学業成績の遅れや自己中心性、わがままを 齎すというどころか、学習への動機付けや授業への出席率が、多くの場合、権威的な教育の場合の子供達の場合と同じくらいの高さになったということということでニールの信念は確実なものになる。
 また、彼は多くの知識人、思想家などと交友を結び、その中にはヘンリー・ミラーや、彼の学校をまねて自らもミニスクールを創立したバートランド・ラッセルも含まれる。
 


бA・S・ニイルasneill_02.jpg
 A.S.Neill、1883年10月17日 - 1973年9月23日)は、イギリス新教育運動の教育家。エディンバラ大学に学び、1912年、修士号を取得。1914年スコットランドのグレトナ・グリーンスクールの校長になる。
 ドイツ改革教育運動の影響を強く受け、1921年 ドイツ ドレスデン郊外のヘレナウで新しい学校を創立。この学校はのちに彼の妻になるノイシュタッターと共にオーストリアに移り、その後、1923年イングランドのライム・レギスに移り、そこで本格的に教育活動が始まる。
 サマーヒル・スクールという名でこの学校は、「世界で一番自由な学校」として知られている。ニイルの「子どもを学校に合わすのではなく、学校を子どもに合わせる」という言葉は有名。彼の著作集は邦訳がある。邦訳者の堀真一郎も、大阪市立大学の教授のポストを捨てて、自ら、きのくに子どもの村小学校(現在・きのくに子どもの村学園)を創立している。(この記事は、ウィキペディアから引用、編集)


бA・S・ニイルの信条

 「子どもを学校に合わせるのではなく、 学校を子どもに合わせる」ことである。
そして、「子どもが生まれながらに持つ自然な善性を信頼し、子どもの生をかれの自由に委ねようとすること」。

бA・S・ニイルについて
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posted by Mr.Rin at 13:25| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Vision | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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